お侍様 小劇場
 extra

   “雪でも、ほかほかvv” 〜寵猫抄より


そういえば一月の末には、
北の豪雪地帯で、4m越えとも言われるほどの積雪があったりもし、
屋根からの雪降ろし中の事故で、
怪我をしたり亡くなられたお年寄りも出たとのニュースに、
困ったことよと眉をひそめていたはずが。

  ころっと、

正に舞台装置のどんでん返しの如くのあっさりと。
三月下旬の、桜も咲こうよという頃合いの、
気温とお日和がやって来て。
まさかにこのままのペースでぐんぐんと、
勢いよくも暖かくなるとは思わなんだが。
それでも穏やかに寒さは去るかと思っていたらば、

  やはりやはりの ころっと、

今度は極寒の方が、
しかも3連休に合わせて出戻って来たもんだから。


 「世の中、そんなに甘くはないよということですかね。」


う〜むむむと、せっかくきれいな眉を顰めたまんま、
窓のお外を恨めしげに見やった七郎次さん。
都心にはめずらしく、
先日来から昼間ひなかでも雪が舞い散る今日このごろで。
ソファーに腰掛けていたそのお膝には、
小さな小さなキャラメル色した毛玉のような、
メインクーンという毛足の長い種の仔猫が乗っており。
お顔に比してちょっぴり大きめのお耳、ふるふるふるっと振り回し、
みゃあみゅうと、糸のように細いお声を上げ出して。
よいちょとその身を起こし、
何とも覚束ぬ小さな小さなお手々を延べると。
七郎次さんの側からも、何ぁんだいと目許を下げての、
さっきまでのご不満もどこへやら、
あっさりと微笑うところがお手軽だったりし。
とはいえ、

 「ヘイさんも大変でしたでしょ。」

こんな中をお越しいただいてと、
恐縮してか、再び眉を寄せる美丈夫さんなのへ、

 「ああいえいえ、大したことでは。」

向かい合うソファーから、
手を振ってまでして“お気遣いなく”と苦笑したのが、
こちら様にはお馴染みのお顔、
某出版社の編集員で、林田というお兄さん。
人当たりのいい笑顔が微妙に童顔なので、年齢不詳で通っておいでで。
それでも責任感があり、面倒見もいいとかで、
このところは、手綱取りが難しいらしき新人さんの担当もこなしておいで。

 「独創的な閃きとか描写とかを、編集長も買ってはいるんですけれど、
  本当にまだまだ若い子なもんだから。」

世間が狭いといいますか、
得意分野への見識しかないって偏りが、
先々で響かないかが案じられましてと。
何だか…教え子への不安を抱えてる教師みたいなことを言うよになっており。

 『編集員というのは時として、
  秘書や指導者の役目も担うものだそうだから。』

島田せんせえはそんな風に、訳知り顔で言っていたけれど。
だったら子育てみたいなもんじゃないですかと気づいた七郎次、

 『ヘイさんて お人がいいから、
  そんな年端も行かぬ子に振り回されなきゃいいんですが。』

こちらさんもまた、家族への案じも同然の心配をこぼしたこと、
実はメールでこそりと、島田せんせえからご注進いただいてる林田さん。
あややとひとしきり含羞んでから、
ではではシチさんにご心配かけないようにしなければと、
肝に銘じての頑張っておいで。
そうまでの“家族同然”と見なされてるのが嬉しくってしょうがない、
そんなこちら様への御用なら。
どんな雪の中だって関係ないと、
タクシーをおごっての抱えて運んで来たのが…大量のチョコの山であり。

 「今年は3連休の直後ですものね。」

宅配便で届くのもなかないですが、
平日よりは便が少ないか、

 「それとも島谷せんせえ、人気が落ちたかななんて言ってたんですよ。」

昨年より微妙に数が減ったんでと、
青玻璃の双眸がちらと見やったのはサイドボードの上の小包みの山。
どんな風貌なのかも、結構あちこちで公表されておいでの、
人気作家の島田谷せんせえ。( 註;所により島谷だったり )
壮年という随分と年嵩な人物だのにもかかわらず、
彫の深いお顔や、しゅっと締まって雄々しいスタイルの、
すこぶるとダンディなところがウケているらしく。
こういう祭事には贈り物もたんと来る。
ご自宅までは判らないお人は編集部へ送って来るため、

 「もっと若者向けの雑誌の作家さん並みに届いておりました。」

とりあえず、今日の午前の便で届いた分までをと、
頑張って運んで来てくださった。
こういうのは当日にお手元に届かにゃ意味がないですしと、
そうと思って出した人もおいででしょうしと、
やっぱり優しいお兄さんであり。

 「にゃう、みゅう・にぃ。」

ソファーの座面からよいちょと飛び降り、
ほてほてとローテーブルを回って来ての、
お兄さんのズボンへ後足で立ってまでして懐く仔猫へ。
おやおやどうしたと、両手で抱えてやれば。

 「みゅうにゃう・みぃ。」

ちょんとした小鼻の回りへ、愛らしいバランスにて集まった、
潤みの強いお眸々や兎口の口許が。
えいえいと延ばされて来るお手々が、
どれもこれもやわやわで、切ないほどに小さくて。

 「〜〜〜〜〜〜うう。///////」

七郎次の“惚れてまうやろ”と身もだえする気持ち、
こちらのお兄さんにも重々理解出来ることならしくて。

 「久蔵ちゃんもチョコが食べられればよかったですのにね。」

モンブラン好きなのは知ってるが、
だったらチョコのまろやかさだって、
この美味しさだって教えたい。
でもでも チョコには、猫やわんこに中毒起こさせる成分があるとかで。

 「そうなんだよねぇ。」

バレンタインデー限定っていう特別なのとか、
一緒に食べて美味しいねぇって気持ちを分かち合いたいのに。

 「勘兵衛様も甘いのはダメでしょう?
  だから微妙に張り合いがないというか。」

はぁあと溜息ついてしまわれる七郎次のつややかな金の髪が、
するすると差して来た薄日に光沢を見せたが、
それも瞬く間に掠れてしまい。
それはまるで、
早すぎた春を引き戻しに来た頑迷な冬の神様の、
容赦のない力づくな仕打ちのよう。
あぁあと、至極 残念そうなお顔になった七郎次なのへ、

 「みゃ?」

テーブルを挟んだ向こうから“おややぁ?”と小首を傾げた小さな仔猫。
当のお兄さんには、
ふくふくの頬に金の綿毛のそりゃあ愛らしい坊やに見えており。
すべらかな頬の下、ほのかに濡れた口許や、
真っ赤な双眸をけぶるように覆う睫毛の陰とか、

 「  〜〜〜〜。///////」
 「七郎次、林田くんも困惑するから控えぬか。」

丁度、キリのいいところまで仕上がったものか、
今日は原稿の御用ではないご訪問の林田さんだが、
それでもご挨拶をと書斎から出て来た島田せんせえ。
目許潤ませ、夢見るような切なげなお顔で、
本人は仔猫様を見やっているのかもしれないが、
同じ方向にまともに座っておいでのお兄さんにも、
真正面だろがと素早く気づいた、蓬髪お髭の幻想作家。
大きな歩幅で近寄りながら、
こらこらこらとのダメ出しをしつつ。
骨太な大ぶりの手を広げ、
秘書殿の細おもての前へかざす大人げのなさよ。

 「……勘兵衛様、大仰です。」
 「何を言うか、林田くんの顔を見よ。」

ほのかに頬染め、放心状態になりかかっているぞ。
いや呆れてんですよ、大人げなくて…と。
自分で言ってるよ、このお人と、
そっちへついつい苦笑しかかる編集さんだったりし。

  お外は記録的な雪ですが、
  こちら様は皆、
  何ともホットな間柄にて、
  やさしい温みの団欒を囲んでおいでで。

  表の雪なぞ関係ないないと言わんばかり、
  早くも春の到来でしょうかと。
  小さな仔猫様、
  屈託なくも“にゃうん”と微笑った一時でございます。





  おまけ

 「そうさな、
  生まれつき猫である存在には、チョコレートは食べては危ない代物だ。」

しんしんと、引き続いての雪が降る夜陰の中、
その漆黒に溶け入るような、深色の髪をすべらかし、
大妖狩りとしての厚絹の拵えと、
雪を圧し負かす外套とを羽織った、人の大人の姿にて。
仲間のお家、夜の底に紛れ訪のうたは、
久蔵には同朋の、兵庫という邪妖狩りだったが。

 「それで? 今年もまた、アレをかけろと?」

同じく、濃色の外套を夜風に揺らし、
しんしんと降り落ちる雪の中に、その痩躯を晒しておいでの久蔵殿。
仔猫の姿でいる時には微塵も同居しない、
冴えと凛々しさをその白面へはらんでおいでだが、

 「…頼むから、この程度の暗示術くらい、身につけんか。」

面倒なワケではなくの、ただただ後学のためを思ってのこと。
細い肩へと両手置き、お願いしますよとすがった兵庫が頼まれたのは、

  ―― 島田家の住人へ、
     久蔵ちゃんにはチョコも大丈夫と思わせる暗示をかけること


  「二月限定でいいのだな?」
  「………。(頷、頷)」

  頷く久蔵殿の手には、
  早くも真っ赤な包装紙の板チョコが収まっており。
  恐らくは昨年、
  こっそりつまみ食いしたのが美味しかったので
  味をしめたらしいのだけれど。


  ……確かになぁ、
  そのくらいの咒なんなら、
  自分で掛けられるようになんなさい、久蔵殿。
(苦笑)






   〜Fine〜  2011.02.14.


  *バレンタインデーといえば…の、
   チョコレートが殺到してそうなお宅を覗かせていただきました。
   本当は猫じゃないんだから、
   食べたって害のない身なのにね。
   きっと歯痒いんじゃなかろかと思ってのおまけこそが、
   書こうと思った大元のネタでしたvv

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